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名古屋高等裁判所 昭和26年(ラ)27号 決定

抗告人 柴田啓造

訴訟代理人 熊田貞之

相手方 野垣仙逸

訴訟代理人 横井栄太郎

主文

本件抗告は之を棄却する。

理由

本件抗告理由の要旨は(一)抗告人から相手方に対する岐阜簡易裁判所昭和二十五年(イ)第六一号綿撚糸損害金和解事件に熊田弁護士が相手方の代理人として出廷したことは弁護士法第二十五条第一号に該当しない。其理由は、抗告人と相手方外二名との間には綿撚糸解体加工契約不履行に基く損害賠償に関する争があつた。熊田弁護士は昭和二十五年七月九日右当事者間に立つて示談の斡旋を為した結果、和解成立し、該和解条項に従つて同月十一日岐阜簡易裁判所に於て裁判上の和解を為す旨の合意が成立したのであるが、相手方は所用の為め右和解期日に裁判所に出頭できなかつたので其権限を前記熊田弁護士に委任したのである。即ち同弁護士が相手方の代理人となつた経過は右の如くであつて、(イ)同弁護士が委任を受けるに就ては和解条項を特定せられて居たから何等自由裁量の権限なく実質上使者と同一の地位に在つた。(ロ)相手方は前記趣旨の裁判上の和解を為す私法上の債務を負担して居り、その履行として該和解が為されたのであるから同弁護士は単に相手方の債務の履行を代理したに過ぎない。従つて同弁護士の行為は前記法条所定の義務に違反しないのである。(ニ)また弁護士法第二十五条に違反する訴訟行為と雖も当然無効となるものではない。其有効無効は専ら訴訟法により定むべきものである。然るに原決定は、熊田弁護士の本件強制執行の委任は弁護士法第二十五条に違反するから当然無効であると判示したのは理由不備で承服し難いと言うにある。

依つて按ずるに、記録編綴の甲第一、二号證によれば(一)昭和二十五年七月十一日岐阜簡易裁判所に於て柴田啓造を債権者とし、野垣仙逸外二名を債務者とする同所昭和二十五年(イ)第六一号綿撚糸損害和解事件に就き裁判上の和解が成立したこと。(二)右和解事件に弁護士熊田貞之が債務者野垣仙逸の代理人として出廷したこと。(三)昭和二十五年十二月十日右債権者から債務者野垣仙逸に対し、右和解調書に基き強制執行が為されたこと。(四)右強制執行は右弁護士熊田貞之が債権者柴田啓造より委任を受け同弁護士が執行吏に委任してなされたものであることは何れもその疏明充分である。従つて弁護士熊田貞之が曩に債務者仙逸の委任を受けて裁判上の和解をなしながら後日同一事件につきその相手方たる債権者柴田啓造の委任を受けて右債務者に対し強制執行を為したものであることが明かである。右の行為が果して弁護士法第二十五条第一号の規定に違反するものであるか否かに就いて按ずるに弁護士法第二十五条は当事者の保護を目的とすると同時に弁護士をして誠実に其職務を行わせ、以て其の風紀を維持し品位を涜すことのないようにする注意に出でたものであることを観取し得るから、先に当事者の一方から訴訟上の委任を受けた事件については、其委任の終了後であつても更に相手方から委任を受けて其職務を行うことは絶対に許されないものと解さなければならない。故に苟くも当事者の一方から委任を受けて訴訟上の行為をした以上は、たとへ抗告人の主張するように其の委任内容が特定せられていて自由裁量の権限がなかつたものであり且私法上の契約により定められた義務の履行に過ぎなかつたとしても同一事件について相手方から委任を受けることは出来ないものであり、先の委任内容を云々して解釈を二途にすべきではないと云わねばならない。然らば前記のように弁護士熊田貞之が先に債務者野垣仙逸の代理人として裁判上の和解をしながら後に債権者柴田啓造より該和解調書に基く強制執行の委任を受けることは同一事件の委任を受けることに帰するから前示法条に違反するもので同弁護士の該受任は絶対に無効である。従つて同弁護士より委任を受けて為した執行吏の執行行為は結局適法な委任なくしてなされた違法のものであると断ぜざるを得ない。

依つて右熊田弁護士の委任に基く執行史の強制執行は許されないとした原決定は寔に相当であつて本件抗告は理由がないから之を棄却すべきものと認め主文の通り決定する。

(裁判長判事 中島奨 判事 白木伸 判事 鈴木正路)

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